2005/10/04

Maestro Ozawa


小澤征爾音楽塾、オペラ北京公演、小澤さん付きの通訳を担当。今回の演目はロッシーニの《セビリアの理髪師》。観ていて微笑みが絶えない、世界に知られる喜劇だ。

小澤さん、28日夜は、中国外相の唐家(王+旋)と会食。スケールが違う。いったいどんなお話を。オーボエの宮本文昭さん、チェロの原田貞夫さんといった有名なプレイヤーも同席された。日本に厳しい唐さんに、少しは日本に柔らかく当たってくれとお話してもらえないものか(笑。留学生の切なる願い!

本番直前、小澤さんのタクトは熱を帯び、それは観ているだけで感動する。あぁこれが芸術家なんだと。

指揮台から下りてくると汗びっしょりなので、楽屋に戻ってすぐに着替え。汗で脱ぎにくくなっているので毎回服をひっぱって着替えを手伝い、水分補給のためにお茶を用意する。水は、中国の水だと飲んでくれないので、エビアンを切らさない。日に日に、次に何をしたいのか、少しずつ分かるようになってきた。


通訳してて最も感動した瞬間、それは小澤さんの北京の生家を訪れた時のこと。

リハ終了後の夜、小澤さんが幼少の頃5年間ほど過ごされた北京のお宅へ同行した。その際、今現在の住人から、詩の贈り物が。その内容を通訳し、何度も感動をおぼえた。

「小澤さんの指先から創り出された旋律が、天国のお母様に届く。お母様の感激の涙が地上に降りそそぎ、世界が愛にあふれる」
詩の結びはこんな風。


国慶節の北京保利公演の後は、天津、上海公演。

10月4日@天津大劇院。
朝北京出発→夜北京帰りの日帰りコンサート。天津は観客のマナーも劇場の警備システムも最低。レッドカード並みののサイン攻めを制止するのが大変だった。

10月6日@上海東方芸術センター & 10月7日@上海大劇院。
5日の午前中、上海入り。小澤さんも風邪のため休養を取りつつ、のタイムテーブルだった。公演終了後の7日の夜、上海蟹をおごってもらった。ふと考えれば自分が世界的な指揮者といられることはとても奇跡的。この1週間、小澤さんの横にいられる一分一秒が本当に貴重だった。

追伸:上海では一度おそろしい目に遭遇した。上海入りした5日夜、コンビニに行く路で恐喝された。今までの中国生活で一番あぶなかったな。詳細は控えよう・・・。中国は危険。気をつけましょう。